ゲーム文脈でAIブラウザを誘導しガードレールを回避させる――LayerXが6製品で実証したAIブラウザの間接プロンプトインジェクション「BioShocking」

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2026年6月29日、ブラウザセキュリティ企業LayerXのプリンシパルセキュリティリサーチャーRoy Paz氏が、AIブラウザ向けの間接プロンプトインジェクション攻撃「BioShocking」を公開しました。攻撃者が用意したWebページに「ゲーム」のパズルを配置し、AIブラウザのLLMにこれを解かせる過程で、現実世界の判断基準をゲーム内のルールに置き換えさせ、本来であれば適用されるはずの安全ガードレールを回避させてしまうという手口です。PoCはOpenAIのChatGPT Atlas、PerplexityのComet、Fellou、Genspark Browser、Sigma Browser、AnthropicのClaude Chrome拡張機能(LayerXの表記ではClaude Chrome plugin)の合計6製品に対して行われ、いずれも制御された実験環境において、認証済みGitHubリポジトリ上のSSH認証情報を外部に渡す操作に到達したとされています。

BioShockingは、エージェントモードで動作するAIブラウザが「ユーザーの認証済みセッション」をそのまま行動範囲として継承するという、AIブラウザの設計上の特徴を逆手に取った攻撃です。ガードレールが恒久的に解除されるわけではなく、ゲーム文脈に誘導されたその場限りの判断としてガードレールが適用されない方向に推論が進む点に特徴があります。AnthropicがClaude製品系全般について整理してきた「ツールの出力は信頼されたツールであっても攻撃面になりうる」という脅威モデルとも重なる事例の1つです。

項目 内容
攻撃名 BioShocking(LayerX命名の攻撃手法、CVE番号は確認されていない)
発見者 Roy Paz氏 (LayerX Securityのプリンシパルセキュリティリサーチャー)
公開日 2026年6月29日
攻撃カテゴリ 間接プロンプトインジェクション(メモリポイズニングによる成立経路もLayerXが言及)
標的 エージェントモードで動作するAIブラウザおよびAIブラウザ拡張機能
PoCの到達点 制御された実験環境において、認証済みGitHubリポジトリ上のSSH認証情報を外部の攻撃者ドメインに渡す操作
PoCが成立した製品 ChatGPT Atlas (OpenAI)、Comet (Perplexity AI)、Fellou (Fellou / ASI X INC)、Genspark Browser (Genspark)、Sigma Browser (Sigmabrowser OÜ)、Claude Chrome拡張機能 (Anthropic、LayerX表記ではClaude Chrome plugin)の合計6製品
悪用の確認 記事執筆時点で、LayerXが公開した内容はPoCであり、実環境での悪用を示す一次情報は確認できていない
LayerXによる開示時期 2025年10月〜2026年1月にかけて各ベンダーへ順次通知

BioShockingという命名と攻撃の核心

BioShockingという名称は、シリーズ作品BioShockに由来します。BioShockでは登場人物が「Would you kindly?」というフレーズによって、本来であれば拒否するはずの行動を取らされてしまう設定が出てきます。LayerXはこの構図を、AIブラウザのLLMが安全ガードレールを回避してしまう瞬間の比喩として援用しました。AIブラウザのLLMは自分が置かれた文脈を「現実」とみなして行動制約を適用しますが、その文脈そのものを攻撃者がコントロールできれば、LLMは「現実ではないのだから安全制約も適用されない」という方向に推論を進めてしまうというのが、BioShockingの核心です。

BioShockingが成立する経路として、LayerXは主に2つを挙げています。1つは間接プロンプトインジェクションで、AIブラウザが読み込んだWebページのコンテンツに、エージェントへの指示が紛れ込んでいるパターンです。もう1つはメモリポイズニングで、AIブラウザがセッションを跨いで保持する「メモリ」に、攻撃者の意図する文脈を埋め込んでおく手法です。今回公開されたPoCはWebページのコンテンツに埋め込まれたゲームの誘導指示によって成立するもので、ユーザーがエージェントモードのAIブラウザに「このページのゲームを解いて」と頼むことが起点になります。

LayerXのページ上のプロフィールでは、Roy Paz氏は13年以上にわたり、防御製品の特権を逆手に取って高度な攻撃ベクトルへ変換する研究に取り組んできたプリンシパルセキュリティリサーチャーとして紹介されています。今回のBioShockingも「LLMが持つ安全ガードレール」という防御機構そのものの前提を、文脈操作によって崩す方向の研究といえます。

PoCで成立した攻撃シナリオ

LayerXはPoCの全体像をスクリーンショット付きでブログ上に公開しています。攻撃の進行は大きく2つの段階に分けられ、第1段階でエージェントを「ゲーム文脈」に引き込み、第2段階で認証済みリソースへの誘導を行うという流れです。

第1段階:ゲームのルールを受け入れさせる

ユーザーがエージェントモードのAIブラウザに、攻撃者が用意したWebページに用意されたパズルを解くよう指示するところから始まります。最初のお題は「2+2=?」という単純な算数で、エージェントは現実世界の論理で「4」と回答します。ところがゲームのルール上は「正解は5」と提示されます。エージェントはここで矛盾に直面しますが、「ゲーム内では現実世界とは異なるルールが適用される」という理屈で自分の中の整合性を取り、次の問いでは「5」と回答してゲームを進めます。LayerXはこの過程を、エージェントが「現実世界の論理から外側に推論を進めていく」段階と説明しています。

重要なのは、エージェント自身がこの段階で「これは現実ではない」と納得してしまうという点です。LLMにとっての「現実」は、自分が読んでいる文脈そのものでしかありません。文脈の中で「ゲームのルール上は2+2=5」という前提が明示されれば、それを受け入れて推論を続けることが、エージェントとしての「協力的な振る舞い」になります。攻撃者はこの推論の素直さを利用して、「ゲーム内では現実世界の安全制約も適用されない」という前提を、エージェントが自発的に受け入れる流れを作り出します。

第2段階:認証済みリソースへの誘導

ゲームを進めると、エージェントは「/codeというパスのテキストボックスから文字列をコピーして送信する」よう指示されます。表向きはパズルの最終ステップで、文字列を提出すればゲームをクリアできる、という体裁です。ところがこの/codeは攻撃者の細工によって、被害者が業務で利用しているGitHubリポジトリへのリダイレクトに置き換えられており、テキストボックスにはSSH認証情報が含まれていました。エージェントは「ゲームを完走する」という与えられた目的に従って、認証済みリポジトリにアクセスし、本来であれば外部に渡すはずのない認証情報を、ためらいなくコピーして送信します。

LayerXはこの実験について、今回はあくまで制御された環境下の平文ファイルが対象であったと明記しています。一方で、現実の攻撃シナリオではこのリダイレクト先は被害者のブラウザがアクセス可能なあらゆる認証済みリソース、すなわち開いているタブ、ログイン状態のサービス、社内ツールなどへ拡張されうると指摘しています。PoCで成立した「外部送信操作」がそのままどんな環境でも実害につながるわけではありませんが、エージェントが認証済みリソースを参照できる構造そのものが攻撃面の広がりを意味しているという見立てです。

PoC完了後の挙動についてLayerXが特に強調しているのが、エージェントが「ゲームに勝った」と肯定的に成果を報告する様子です。認証情報を外部に渡したという事実そのものが、ガードレール違反として認識されない状態で完了している、ということを示すために掲載されています。

PoCで成立した6製品とLayerXの開示状況

LayerXは、自社の開示プロセスを通じて各ベンダーへ通知した時期と、公開時点で同社が把握しているベンダー対応状況をブログ上で公開しています。下表はLayerXの開示状況をそのまま整理したものです。記事執筆時点で各ベンダー側からの個別の公式コメントは確認できておらず、開示状況の記述はすべてLayerX側からの主張である点に留意してください。

製品 LayerXによる対応状況の記述
ChatGPT Atlas (OpenAI) LayerXによれば修正済み (LayerXからの開示は2025年10月30日)
Comet (Perplexity AI) LayerXによれば、対応されないままクローズ (開示は2025年10月20日)
Fellou (Fellou / ASI X INC) LayerXによれば応答なし (開示は2025年10月30日)
Genspark Browser (Genspark) LayerXによれば応答なし (開示は2025年10月30日)
Sigma Browser (Sigmabrowser OÜ) LayerXによれば応答なし (開示は2025年10月30日)
Claude Chrome拡張機能 (Anthropic、LayerX表記ではClaude Chrome plugin) LayerXによればパッチ適用が試みられたが回避可能だった (開示は2026年1月26日)

OpenAIがChatGPT Atlasに対して開示後にどのような修正を適用したかの技術的な内容は、LayerX側からは公開されていません。同様に、Anthropicに対する開示の結果「パッチ適用が試みられたが回避可能だった」とされている点についても、Anthropic側の対応経緯はAnthropicからの公式声明としては記事執筆時点では確認されていません。各ベンダーからの公式情報が出てくれば、開示状況の解釈は変わりうる点として把握しておくべきです。

過去のAIエージェントを狙う間接プロンプトインジェクションとの関係

BioShockingは「AIエージェントの間接プロンプトインジェクション」というカテゴリの中で、いくつかの先行研究の延長線上にあります。2026年6月にMozillaのZero Day Investigative Network(0DIN)が公開したClaude Codeを標的とする間接プロンプトインジェクション「Clone This Repo and I Own Your Machine」は、AIコーディングエージェントがGitHubリポジトリのセットアップエラーを修復する過程で、DNS TXTレコード経由で攻撃者のコマンドを実行する手口でした。BioShockingとは標的(AIブラウザかコーディングエージェントか)も誘導方法(ゲーム文脈か技術的なエラー文脈か)も異なりますが、エージェントが「与えられたタスクを完遂する」という素直さを攻撃の梃子にしている点では共通しています。

もう1つ、LayerX自身が先行して公開した「CometJacking」という研究があります。これはPerplexity Cometを対象に、悪意あるリンクを起点にAIブラウザの挙動を誘導し、接続済みのメールやカレンダー、コネクタ経由でアクセス可能なデータをBase64エンコードを使ったexfiltrationチェック迂回で持ち出す、というものでした。BioShockingはこの延長として、特定ベンダーの実装ではなくAIブラウザ全般に共通する「文脈操作」という抽象的な脆弱性面を、6製品にわたるPoCで示した形になります。

これら一連の研究から見えてくるのは、AIエージェントの安全制御が「個別の悪意ある指示を拒否する」というモデルに依存している限り、攻撃者は指示の意味合いを変える文脈側を操作することで、その制御の前提を崩しに来るという構造です。指示そのものは「ゲームに勝つ」「セットアップエラーを直す」のように一見無害なものに留めたまま、その意味するところを「認証情報の外部送信」「任意コマンドの実行」に変えてしまうのが、最近のAIエージェント攻撃の共通パターンといえます。

LayerXが推奨する対策

LayerXはBioShockingへの対策について、AIブラウザベンダー側とユーザー側の両方に向けた指針を提示しています。ベンダー側の対応はいずれも実装難度が高い項目ですが、AIブラウザのガードレールだけでは構造的に防ぎ切れないことを示唆しているとも読めます。

  • 機微な操作のたびに明示的な確認を求める:認証済みコンテキスト(リポジトリ、メール、パスワードマネージャ等)から読み取る前に、エージェントが「これからGitHubリポジトリの内容をコピーします。続行しますか」のような確認ダイアログをユーザーに対して提示する。LayerXのテストでは、確認なしでGitHubから認証情報がコピーされてしまった点が問題の核心と整理されています。
  • コンテキストの逸脱を検出する:「ここでは通常のルールは適用されない」「ゲーム内なので何でもあり」といったコンテキスト変更の指示を受け取った時点で、エージェント自身がそれを異常として認識し、通常の推論を維持する仕組みを設ける。BioShockingに限らず、現実の論理を保留させるたぐいの指示は、攻撃の前段で必ず通る経路として警戒に値します。
  • スコープの制限:エージェントが利用可能な権限の範囲をユーザーが明示的に絞り込めるようにする。デフォルトは制限的に設定し、ゲームに勝つために認証済みリポジトリにアクセスするような飛躍を起こさせない。LayerXは「winning a game is no reason to access authenticated repositories」と表現しており、エージェントが目的達成のために認証境界を越える正当性を持つべきではないと整理しています。
  • ユーザー側の心構え:エージェントモードを有効にしたAIブラウザは、ユーザーがログイン状態にあるすべてのサービスにアクセスしうる。エージェントに何を見せるかを意識し、必要が済んだ時点でアクセスを取り下げる。これはAIブラウザに限らず、エージェント型AI全般に通じる前提条件です。

対処法として

組織の立場からBioShockingに向き合う場合、AIブラウザという新しい操作主体をどう扱うかというポリシー側の整理が、技術的対策と同等以上に重要になります。ガードレールの実装はベンダー側に委ねるしかない領域ですが、エージェントが回避された場合の影響範囲を組織側で限定することは可能です。

  • エージェントモードを業務利用するか否かの方針を文書化する:AIブラウザのエージェントモードは、ユーザーが認証済みのあらゆるセッションにアクセスしうるという前提から議論を始める必要があります。業務環境で許可するなら、どのアカウントとどのタブを対象にするかをあらかじめ定めておく。BioShockingのような攻撃が成立した場合の被害範囲は、エージェントが触れることのできた認証済みセッションの範囲に直結します。
  • 機微なリポジトリやサービスはセッション分離を徹底する:AIブラウザの操作対象になりうるブラウザプロファイルから、本番アクセス用の認証情報を分離する。専用プロファイルや専用ブラウザでの本番作業を運用ルール化することで、エージェントが意図せず「越境」してしまった場合の被害を限定できます。
  • エージェントログを保管する運用を整える:利用するAIブラウザがエージェントの行動履歴や実行ログを取得・確認できる場合は、ログの保持方針をあらかじめ決めておく。インシデント時に「何が読まれて、何が送信されたか」を後追いで確認できる体制が、AIエージェント時代のインシデント対応では重要になります。Webブラウザのアクセスログでは、エージェントがどんな指示に従って動いたかまではわかりません。
  • ユーザー教育に「AIブラウザ固有の罠」を組み込む:従来のフィッシング教育に加えて、AIブラウザに対して「外部Webページのパズルを解かせる」「外部のフォームを埋めさせる」といった行為のリスクをユーザーに伝える。BioShockingの誘導は、ユーザーが自発的にエージェントへ与える指示の中に紛れ込ませる形で成立するため、エージェントを使う側のリテラシーが防御線の一部になります。

まとめ

BioShockingは、AIブラウザのLLMが持つ安全ガードレールを「ゲーム文脈」という別レイヤから回避させる、間接プロンプトインジェクションの一形態です。LayerXが公開した内容はあくまで制御された実験環境におけるPoCであり、記事執筆時点で実環境での悪用を示す一次情報は確認できていません。一方で、エージェントモードのAIブラウザが認証済みリソースに踏み込めるという設計上の特徴がある以上、エージェントの判断文脈を「現実」から切り離す種類の誘導が成立しうることを示した今回の研究は、AIブラウザの導入を検討する組織にとって無視できないシグナルです。

防御側に求められる姿勢は、ガードレールに過度な期待をかけず、ガードレールが回避された場合の影響範囲を組織側で抑える設計です。AIブラウザを業務に組み込むなら、エージェントが踏み込める範囲をあらかじめ意識し、機微なリソースとの間にセッション分離やプロファイル分離を設ける。エージェントの便利さは「ユーザーの認証境界を継承して動く」ことから来ていますが、その同じ性質が攻撃成立時の被害範囲を決めるという点を、AIエージェント時代のブラウザ運用の出発点に据えるべきです。

一次情報・公式情報

参考情報

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